VAP45周年
VAP45周年記念 社員座談会ロングインタビュー ~VAPの歴史を語る~ 【事業史編】
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VAP 45周年記念 社員座談会
ロングインタビュー
~VAPの歴史を語る~

■VAP事業史編
音楽・映像事業の印象が強いVAPだが、その歴史をたどるとゲーム開発、マルチメディア事業、スポーツイベントなど、実に多彩な挑戦を続けてきたことがわかる。当時を知るVAP社員3人と知られざるVAPの事業史を振り返る。

【社員プロフィール】
U氏:営業部、開発部、さらに映像販促、デジタルコンテンツ、大阪勤務、音楽部門などを歴任。VAPの中でも特に幅広い部署を経験。

S氏:音楽宣伝として19年間にわたり音楽事業の第一線で活躍。その後は映像販促に異動しVAPが経験した音楽・映像・配信の変遷を最も長く見続けてきた一人。

I氏:開発部や営業部を経験し、ゲーム開発やスポーツビジネス、長年のレンタル事業にも携わった経験を持つ。


──VAPの事業史というと、まず何を思い浮かべますか。

U氏:一般の方は音楽や映像の会社という印象が強いと思いますが、実は昔から新規事業への挑戦が活発な会社でした。特に私がいた開発部は、その象徴のような部署でした。

I氏:当時のVAPは「面白そうならまずやってみよう」という雰囲気がありましたね。

U氏:会社としても新規事業に力を入れていて、音楽や映像以外の領域にも次々と挑戦していました。開発部はその最前線でした。

━━ 最初の大きな挑戦がゲーム事業だったのでしょうか。

U氏:そうですね。当時のゲーム市場は急成長していて、VAPも積極的に参入していました。

I氏:自社開発もやっていたんですよね。

U氏:開発部が独自にゲームを企画・制作していました。その代表作の一つが『スーパーリアルベースボール』です。実在のプロ野球選手の名前を使ったゲームで、糸井重里さんがキャッチコピーを担当し、ウォーレン・クロマティ選手を起用したCMも展開しました。50万本以上売れたヒット作でした。

S氏:当時はゲーム市場全体が拡大していて勢いがありましたよね。

U氏:「出せば売れる」と言われた時代でもありました。もちろん簡単ではありませんでしたが、市場には夢がありました。

ゲーム会社と向き合った開発現場

U氏:ゲーム開発で印象に残っているのは京都のゲーム会社とのやり取りです。

I氏:当時からゲーム会社の存在感が大きかったですね。

U氏:企画書を持って行き、パッケージデザインも見せる。完成直前には東京駅で最終データを受け取り、その足で京都のゲーム会社へ向かうこともありました。今思えばかなりアナログでしたね。

I氏:ゲーム1本を世に出すまでのハードルが高かった時代です。

U氏:だからこそ発売できた時の達成感は大きかったですね。

━━ 当時から海外展開も行っていたのですか。

U氏:はい。ゲームソフトはアメリカにも輸出していました。

I氏:研修で海外へ行く機会もありましたね。実際にアメリカの店頭でVAPマークの入ったゲームソフトが並んでいるのを見た時は感動しました。自分たちが作ったものが海を渡って売られているわけですから。

マルチメディア事業への大規模投資

U氏:90年代に入ると「マルチメディア」という言葉が流行します。

S氏:時代を感じますね。

U氏:VAPもかなり力を入れていました。CD-ROMを使ったデータベース商品やパソコン向けソフトを開発していました。『ルパン三世』の映像集や『家なき子』のシナリオ集、ジャイアンツ関連コンテンツなどもありました。

I氏:今でいうデジタルコンテンツビジネスですね。

U氏:まだインターネット普及前でしたから、CD-ROMが最新メディアだったんです。

━━ 当時はゲーム以外にも様々な仕事をされていたそうですね。

U氏:ありました。特に印象に残っているのが横須賀にある海洋科学技術センター(現:海洋研究開発機構)の案件です。

I氏:海洋や深海などを研究する施設ですね。

U氏:施設ロビーに設置するナビゲーションシステムを開発しました。ジョイスティックで深海生物や海底現象の解説を見ることができるシステムでした。北海道のゲーム会社と協力して制作しました。

S氏:音楽会社の仕事とは思えませんね。

U氏:まさにマルチメディア時代を象徴する案件でした。

スポーツビジネスへの挑戦

U氏:スポーツ分野にも進出しました。

I氏:グラチャンバレーですね。

U氏:大会の公式キャラクター「グラチャン」の開発に携わりました。デザイナーに制作を依頼しつつ、意匠登録について調べるため特許庁や発明会館まで通いました。

S氏:そこまでやっていたんですね。

U氏:知識がなかったので全部勉強しながらでした。

━━ 振り返ってVAPの事業史とはどのようなものだったと思いますか。

U氏:挑戦の連続だったと思います。音楽や映像だけではなく、ゲーム、教育、展示システム、スポーツ商品化など本当に様々なことをやりました。社長から「何か新しい企画はないか」と常に求められていました。店を出したいというアイデアまでありましたからね。

I氏:必ずしもすべて成功したわけではありませんし、挑戦し続けたからこそ今がある気がしますね。

U氏:そう思います。VAPの事業史は、単なる事業拡大の歴史ではありません。その時代ごとの新しい技術や文化に挑み続けた歴史です。ゲームも、マルチメディアも、スポーツビジネスも、その根底には「まだ誰もやっていないことをやってみよう」というVAPらしい精神がありました。そこが一番大事な部分だと思います。

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