VAP45周年
VAP45周年記念 社員座談会ロングインタビュー ~VAPの歴史を語る~ 【音楽史編】
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VAP 45周年記念 社員座談会
ロングインタビュー
~VAPの歴史を語る~

■VAP音楽史編
演歌やアイドルで存在感を示した1980年代後半から、バンドブーム、韓流黎明期、そして配信時代へ。VAPの音楽事業は、その時々の音楽シーンとともに進化してきた。その音楽シーンを現場を見てきたS氏を中心にVAP音楽史を振り返る。

【社員プロフィール】
U氏:営業部、開発部、さらに映像販促、デジタルコンテンツ、大阪勤務、音楽部門などを歴任。VAPの中でも特に幅広い部署を経験。

S氏:音楽宣伝として19年間にわたり音楽事業の第一線で活躍。その後は映像販促に異動しVAPが経験した音楽・映像・配信の変遷を最も長く見続けてきた一人。

I氏:開発部や営業部を経験し、ゲーム開発やスポーツビジネス、長年のレンタル事業にも携わった経験を持つ。


──まずは皆さんが入社した頃の音楽事業について教えてください。

S氏: 私が入社した1989年ごろのVAPは、本当にジャンルの幅が広かったですね。演歌もあればアイドルもある。さらにバンドや洋楽まで扱っていました。今の人が想像する以上に総合レーベルだったと思います。

U氏:家族や親せきなど社外の人にVAPという会社を説明するとき、親世代には「尾形大作さんの『無錫旅情』を出している会社」と言えばすぐ伝わりました。それだけ代表的な作品だったんです。

I氏:キム・ヨンジャさんのソウルオリンピック関連楽曲もありましたし、演歌だけでなく国際色もありましたね。海外アーティストや洋楽作品も扱っていました。

S氏: 音楽市場全体がまだCD成長期でしたからね。会社全体に勢いがありました。

──VAPの音楽史における最初の転換点は何でしょうか。

S氏:やはりTOY'S FACTORYでしょうね。

U氏:もともとはVAPの第二制作でした。本社入口近くのスペースをパーテーションで仕切っただけの、本当に小さな組織だったんです。

S氏:当時は第一制作から第四制作までありました。その中の第二制作が後のTOY'S FACTORYになります。

I氏:TOY'S FACTORYという名前を付けたのは稲葉さんで、現在のTOY'S FACTORY社長ですね。

S氏:今や日本を代表するレーベルですが、その始まりを知っている人間からすると感慨深いです。

U氏:会社の中から新しいカルチャーが生まれていく瞬間を見ていたわけですからね。

アイドルからバンドへ変わる時代

S氏:1990年代に入ると音楽シーンそのものが変わっていきます。アイドル中心だったマーケットが、徐々にバンド中心へ移行していきました。

U氏:日本のロックシーンが大きく盛り上がり始めた時代ですね。

I氏:TOY'S FACTORYではJUN SKY WALKER(S)が象徴的な存在でしたし、インディーズシーンではLAUGHIN' NOSEなども注目されていました。

──当時の宣伝現場はどんな状況だったのでしょう。

S氏:とにかく現場でした(笑)。テレビ、ラジオ、雑誌、店頭イベント。毎日どこかへ行っていました。

U氏:今のようなSNSはありませんからね。

S氏:だからこそ人が動くしかなかった。アーティストと一緒に全国を回るんです。朝から晩まで一緒にいることも珍しくなかったですね。

GAOと紅白出場

S氏:私にとって大きな存在だったのはGAOさんですね。

U氏:VAPを代表するアーティストの一人ですね。

S氏:テレビ、ラジオ、雑誌をひたすら回りました。今ほど媒体が多くない分、一つひとつを丁寧に回る必要がありました。紅白出場までつながった時は本当にうれしかったですね。

I氏:紅白は象徴的な出来事でした。

S氏:関係者席も限られていましたが、打ち上げにはスタッフも参加しました。チーム全員でたどり着いた場所という感覚でした。

ビジュアル系とラウドロックの拡大

U氏:90年代後半になるとジャンルがさらに多様化します。

S氏:PENICILLINやSHAZNAなどのビジュアル系もありました。さらにその後はマキシマム ザ ホルモンのようなラウドロック系まで広がっていきます。

I氏:VAPは一つのジャンルに依存しなかったですね。

S氏:ロック以外でもジャズの大野雄二さんの作品もありましたから。ルパン三世の音楽だけでなくビルボード系のファンにも支持されていました。

韓流ブーム前夜への挑戦

S氏:実は韓国アーティストを早い段階から扱っていました。

U氏:今でいうK-POPブームの前ですね。

S氏:韓国ガールズグループの第1世代であるS.E.S.などを担当していました。当時は韓国ではスタジアムクラスでも、日本では知名度が高くありませんでした。だからHMVなどを地道に回ってイベントを行っていました。

I氏:後に続く韓流・K-POPブームを考えると興味深いですね。

──音楽業界全体の変化はどう感じていますか。

S氏:やはりCD時代の規模は特別でした。TOY'S FACTORYではMr.Childrenが数百万枚規模のセールスを記録していましたから。

U氏:数字のスケールが今とはまったく違いました。

S氏:ただ、その後は配信中心の時代になりました。宣伝方法も変わり、アーティストとの関わり方も変わりました。でも本質的には変わらないと思っています。

I氏:良い作品を届けるということですね。

S氏:そうです。VAPの音楽史を振り返ると、演歌、アイドル、バンド、ビジュアル系、韓国アーティストやポップス(今ではシティポップ)の先駆けまで、本当に多様な挑戦の連続でした。そして常にアーティストのすぐそばで、その成長を支えてきた。それがVAPの音楽事業の歴史だったと思います。

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