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ブックレットに掲載されるスペシャルな座談会の一部を特別公開!

1986年、前年に解散した杉山清貴&オメガトライブを継承する形でスタートしたプロジェクト「1986オメガトライブ」。カルロス・トシキの甘く爽やかな歌声で届けられたメロディと歌詞、洗練されたアレンジ、ハイクオリティなサウンドで数々のヒット曲を世に送り出し、その楽曲は今も多くの音楽ファンに愛されている。今回、リミックスアルバムのリリースを記念して、当時プロデューサー・藤田浩一(音楽事務所「トライアングル・プロダクション」代表)のもとで制作にあたっていた作曲家の和泉常寛、作詞家の売野雅勇、編曲家の新川博、船山基紀の各氏にお集りいただき、当時を振り返っていただいた。「君は1000%」「Super Chance」「アクアマリンのままでいて」等々、J-POPの礎を築いた珠玉のポップスたちはどのように誕生していったのだろうか。
※和泉氏は遠方在住のため、オンラインでの参加となった

売野雅勇、新川博、船山基紀

1986オメガトライブが目指した音楽とは

――当時はまだ、歌謡曲とロック、ポップスの世界には境界線があったと思います。そうした音楽シーンの中で登場した1986オメガトライブが目指そうとした音楽とはどのようなイメージだったのでしょうか。

新川:その前の杉オメは本当に“ザ・夏”って感じで、リゾートソングだったんです。最初は、1986オメガトライブもオメガトライブという名前なので、その路線で行こうと思ったんですけど、たぶん途中で藤田さんは方向転換したんですよね。だから、アルバムのジャケットを見てもらえばわかるように、例えばニューヨークの夜景だったり、海とは程遠いところにいくわけです。世間一般のオメガトライブのイメージであるリゾートソングは杉オメに任せて、1986オメガトライブはもっと都会的だよっていうことを、打ち出そう打ち出そうとしていったんじゃないかなと思います。そういう葛藤が見えますよね。

新川博

1stアルバム『Navigator』

――1stアルバム『Navigator』(1986年7月23日発売)の制作はどのように進んでいたのでしょうか。

和泉:藤田さんが新川さんとアルバム全体のコンセプトを話したというのは聞いていたんです。ところが新川さんに以前その話をしたら、「いや、してないよ」って(笑)。だから本当のところはわからないですけど。杉オメとカルオメの2つをスーっと上手く繋ぎたいというところでアルバムを考えていたというのは聞いた覚えがあります。

新川:その当時の制作の仕方として、新人アーティストはまだアルバムを作れないんですよ。シングル盤を何枚か作って、たまってきたらアルバムにしよう、曲が足りなかったらさらに2、3曲録るというやり方だったんです。なので、アルバム全体のコンセプトとかないんです(笑)。ただ、どんどん曲をためて行ったので、シングルも出してないだけで前もって録っているんです。

新川博、船山基紀

船山:アルバムタイトル曲「Navigator」は、シンセだけでスタジオで作り上げて持って行ったんだけど、僕の印象では、藤田さんが来ると、その後が長い(笑)。とてもセンシティブというか、すごく細かいところまで聴いてくれるんです。普通、プロデューサーがスタジオにいるとそこで1回か2回聴いて大体終わるんですけど、藤田さんはそこからが長いので、なかなか楽しいレコーディングでした(笑)。

新川:どんどん変わって行っちゃうんですよね。

船山:例えばシンセだったら、「もうちょっと他の音は無いの?」とか。よく出てくるのはベイビーフェイスなんですけど、洋楽そのものの音を作ってくれというリクエストが多かったですね。逆に言うと僕らもすごく勉強になっていて、ありがたいレコーディングでした。「Navigator」はタイトル曲としてすごく時間もかけて出来上がった曲です。

新川博、船山基紀

2ndシングル「Super Chance」

――2ndシングル「Super Chance」はスーパー・フジカラーCMソングとして大ヒットしました。

売野:「Super Chance」については、特に苦労したところはないんですけど、自分が書いたところと、藤田さんが書かせたところというのは、はっきりわかるよね。藤田さんがこういう風にしてくれって言ったのは、〈臆病なひとだね この胸 飛び込めない……〉これは藤田さんだな。

売野雅勇

――そこは覚えてらっしゃるんですね。

売野:覚えてない(笑)。匂いでわかるんですよ。これは自分は書かないなって。そこぐらいだから、苦労はしていないかな。あ、ここももしかしたら藤田さんかな?〈悪戯っぽく ウィンクしたね〉っていうのは僕が書きそうですけど、その後に〈「嫌いよ」と……〉って入れるのは、ちょっと藤田さんっぽいかな。そういうのが好きなんですよ、藤田さんって(笑)。ストレートに言っておいてすこし斜めにするというか。そういう人だと思います。

売野:色々と面白いなあと思ったことはありますよ。藤田さんの場合、曲もアレンジもそうなんですけど、作品にすごく本人が出ていて、歌詞は余計具体的に出るんですけど、藤田さんって背徳的なことが好きな人だったんだと思います。押したり引いたりっていう駆け引きが好きだったり。

――そこが、オメガトライブの曲が心に引っかかる理由の1つでもあったんですかね。

売野:結果的にそうなりますよね。詞からするとそういうところが面白かったんじゃないですか。カルロス君のキャラクターって、すごくピュアな感じがあるじゃないですか?だから女性に弄ばれているような感じなんだけど、女性もすごく惚れているという、ちょっとおいしい感じがありますよね。

売野雅勇

アレンジについて

船山:僕がどういう聴き方をしていたかというと、新川がアレンジで何をしているかということを聴いているわけなんです(笑)。「ああなるほど、藤田さんが言っていたのはこういうことなんだろうな」みたいな聴き方で。だから、あんまりバンドとしてどうだっていうよりは、もうちょっと技術的なことを気にして聴いてましたね。

新川:それは自分もやっぱり同業者として、どんなことをやっているのかは気になりますよ。でも、今回「Navigator」をリミックスしてみて気付いたんだけど、先ほどおっしゃっていたブラスを聴くと、すごく凝ってるんだよね。製品になってからはわからなかったけど、単独でトラックを聴いてみたら、「こんなベンドしてたりするんだ!?」とか、すごいなと思いました。さすが先輩だなって(笑)。

船山:大人になったなあ(笑)。でも本当に、そういう音作りって他のプロジェクトと違って、“藤田さん用”みたいな凝り方はしていましたね。面白かったですよ。

新川博、船山基紀

和泉:自分もアレンジをすることもあるので、どれだけ大変かというのもわかっているんですけど、そういう意味では本当にみなさん雲の上の方々ですし、いつも想像以上のものができてきて、「やっぱりすげえなあ」と思っていた覚えがあります。それと、曲から始まり、アレンジが膨らんでその中で詞を考えて作詞家とブレストして行って、最後にミックスダウンという大事な仕事がありますけど、そのときの藤田さんのこだわり、言い方は悪いんですけど、しつこさというか。せっかくアレンジャー、作詞家、作曲家がやったことを細かいところまで逃さないようになんとか引っ張り出そうという執念、それもすごかったと思うんですよ。当時担当していたエンジニアの間では、通称 “藤田用セット”というのがあって、レコーディングが終わって藤田さんが帰ってからも、その後1時間は電源を落とさないんです。そうすると、すぐ戻ってきて「あのさあ~」って始まるらしいんです(笑)。そういう伝説もいろいろとありますね。

――今回のリミックスアルバムの元曲を聴くと、ほとんどの曲がフェイドアウトで終わっているのですが、これは何かこだわりがあったんですか。

船山:たぶんそれも、藤田さんのこだわりだと思います。エンディングをつけちゃうと、アイドルっぽくなっちゃうんですよ。要するにテレビ番組用のエンディングみたいに思われちゃうので、大体の曲がフェイドアウトなはずです。それはもう、洋楽がそういう風になっているから。

新川博、船山基紀

新川:そう、洋楽っぽくしたかったからじゃないですかね。でも一応、その後何分かして終わるようにちゃんと作っておきましたけどね(笑)。それが使われることはなかったですね。

船山:ライブ用にね?エンディングだけは作るけど、レコードになったものはほぼ全部フェイドアウトでした。

――5thシングル「Stay girl Stay pure」(1987年11月18日発売)では売野さん、和泉さん、新川さんがご一緒されています。

和泉:この曲は、新川さんが藤田さんとどういう打ち合わせをしたのかは知らないんですけど、ある日電話がかかってきて、「今スタジオで録ってるんだけど、どうもAメロが上手く入らなくなっちゃったんで、作り直してください」って言われて、スタジオに直行したんです。それで出来上がったオケを聴いて、Aメロをその場で完全に別に作り直した記憶があります。最初に作っていた元のAメロとは全く別の8小節を、ヘッドフォンをしてその場で「ラララ~」って作ったんです。だから、半分オケ先みたいなところがあって、作曲のクレジットは僕になってますけど、ある意味新川さんとの共作に近いんですよ。本当はクレジットに新川博って書いておかないといけないかも(笑)。

新川:いやいや(笑)。藤田さんはそれだけ変えちゃう人だったんですよね。自分の思うようなイメージにコードだけはしておいて、「あとは和泉さんを呼んでなんとかしてもらうから」ということだったんじゃないかな。

売野雅勇

売野:これは覚えてます。タイトルを変えられちゃったんですよ。最初のタイトルは「Stay girl」だけだったんです。できたときは問題にならなかったんだけど、時間が経ってから、「「Stay girl Stay pure」にしよう」という話になって。なんか嫌な感じを持った覚えがある(笑)に“Stay pure”なんて言葉はあるのかなって。でもそれでいきたいって言うから、歌詞も変えたんじゃないかな。〈Stay girl Stay pure〉というサビじゃなかったと思う。〈Stay girl Stay girl〉の繰り返しだったのかもしれない。それを片方Stay pureにしたいということだったんじゃないかな。そういうことはよくあったと思うけど、無断ではやらないです。ただ、1回だけ藤田さんと電話で激しい喧嘩をした覚えがある。内容は覚えていないけど、「これをこうしたい」という話に対して「だったらもういいです、やりませんから」って言って、半年ぐらい絶交期間があったんですよ(笑)。そうしたらしばらくして電話がかかってきて、普通に「藤田ですけど」って言うわけ。こっちも言葉のトーンに困るでしょ?「ああ、どうも」って言ったら、「半年経ったから、もう怒ってないかと思って」って(笑)。

一同:ははははは(笑)。

売野:なんか、そう言われちゃうと怒れないし、憎めない人でかわいいなって思っちゃったよね。それが何の件かは忘れちゃいましたけど。

新川:僕は、スタジオで藤田さんと一緒にいる時間が多かったから、あんまり衝突していられないところもあったんですけど、今売野さんがおっしゃったようなことは何人かとありましたよ(笑)。相当ぶつかったんだろうなって思うような会話が聴こえてきましたから。それだけ純粋な方でしたね。

新川博

――では改めて、リスナーのみなさんにメッセージをお願いします。

和泉:私にとってオメガトライブとは常にビックリ箱でした。作曲家の手を離れた作品が、編曲家、作詞家、歌い手へと継がれ、最後に箱から出てきた時には、作曲家1人では及びもつかない、想像を超えたものに仕上がってきていたからです。今回のRemixは一体どんなビックリに仕上がってくるのかと、楽しみに期待していますよ。

船山:今回、曲を聴き直してみて、我ながら良くできてるなと思ったので、自分も早く聴いてみたいですし、みなさんにも期待して聴いてほしいですね。

売野:2つ聴き方があると思うんです。ここ数十年の中で音楽ってどういう風に変わってきたのかを聴けるんですけど、80年代にだいたいのことが始まっていて、それは絶滅していないし、むしろ続いている方のメインストリームなんです。歴史的な観点から見ると、さっきのラ・ムーとの関係じゃないけど、音楽的文脈のすごく面白い読み方ができるというマニアックな楽しみがあると思います。普通に聴いても、ノスタルジックな楽しみ方じゃなくて、ちょっと新鮮な楽しみ方があると思います。昔の作り方だからものすごくしっかりした作りをしていて、かかったエネルギーもお金も、今と比べ物にならない熱量があるので、その価値、聴きごたえを感じてほしいと思います。詞は、自慢するようなもんじゃないです(笑)。

新川:今回、僕はリミックスに立ち会っているんですが、エンジニアは内沼映二さんという日本の大巨匠と、当時、アシスタントエンジニアをしていた三浦瑞生さんの2人で7曲ずつぐらい手分けして担当してもらっています。立ち会った印象から言うと、本当に素晴らしいです。というのは、本当に良い時代に録ったテイクなんです。だから、それぞれのテイクが生き生きしています。このテイクは今じゃ録れないです。それをもう1回再構築しているんですが、改めてビックリしたのが、それぞれのトラックの音がすごく綺麗なんです。「なんでこんな綺麗な音になるんだろう?」って、当時の楽器なのか、録音方法なのか、僕も立ち会っている中でクエスチョンマークがいっぱい出て来ました。良い時代で、予算的にも今の何十倍もかかっているんですよ。だから本当に素晴らしいです。それがこういう風にアーカイブできて再構築できるというのは、本当に幸せなことだなと思います。それと、今回再構築するにあたって、オケも素晴らしいんだけど、やっぱりメインはボーカルに置きました。ボーカルを今の録音テクニックでものすごく瑞々しく、もしかしたら前よりも歌が大きいかもしれません。でもその方が今の時代に合っていると思いますし、当然歌詞も良く聴こえてきます。音数はどっちかというと減らす方法でやっています。というのも、今の時代そんなにくどくど色んな音は必要ないんです。ただ、本当にトラックシートを見て笑っちゃうんですけど、あの当時、「フジカラーのタイアップだから、ちょっと波の音みたいなSEも入れておかないといけないんじゃないか」とか、そういうのが随所に入ってたりするわけですよ。そういうところも含めて時代だなあと思ったけど、でもそれぞれの楽器の音は本当に生き生きしています。この録音は今の時代じゃできないです。そこらへんをもう1回新鮮にラッピングして発売できるので、オリジナルに関わったスタッフとして非常に楽しみですし、是非聴いていただきたいと思います。

売野雅勇、新川博、船山基紀

取材・文:岡本貴之