飼育係の日誌

動物園で働く、のんびりとした飼育係・コハクラ。 彼の担当するツチブタの柵の前で、トウコとヤスコは出会います。
これは、コハクラがつづる生きものたちの飼育日誌。 のっぽで無口な彼の、日々のまじめな記録です。

飼育係の日誌1 キリンのリュウ

日付:6月14日(火)/天気:曇り/気温:24℃/担当:コハクラ

 園のみなさん。
 今日は朝礼に遅刻してすみません。出がけに猫のロープ遊びに付き合ったからだと思います。おとといも僕は遅刻したそうですが、理由はよく覚えていません。

 今朝の朝礼の後、モチヅキさんに「話がある」と言って広場に呼ばれました。遅刻のことかと思ったら、「愛媛へ行った、キリンのリュウを覚えているか」と訊かれました。もちろん、忘れるはずがありません。僕がこの園に来て、はじめて世話をしたのがリュウでした。
 当時、うちにはキリンが三頭いて、リュウは一番の年下。つるむのが苦手で、個を重んじるませたやつでした。時々先輩たちに近寄られると、そっと首を曲げて静かに隅の方へ移動する。害はないけど、かわいげもない。

 でも、僕はリュウが好きでした。誰にも媚びず、いつも堂々としていました。朝礼が終わってから素知らぬ顔で紛れ込もうかと、一瞬でも考えるような僕とは大違いです。

 そのリュウが、来年ここへ帰ってくるそうです。どんな大人になっただろう。僕らのこと覚えてるでしょうか。隅にへばりつく癖や愛想のなさも、やっぱり相変わらずなんでしょうか。
 明日は一本早いバスを目指します。コハクラでした。

飼育係の日誌2 同い年のゾウガメ

日付:6月28日(火)/天気:晴/気温:32℃/担当:コハクラ

 昨日は高校のクラス会でした。同級生といっても、みんないろいろ。車や家を持っていたり、二度目の結婚がまた失敗しそうだったり、学園祭で結成したバンドを今も続けていたり、いろんなのがいます。

 この園にも僕と同い年の動物がいます。オスのゾウガメ、パゴです。僕らは1975年生まれの36歳。寿命は100歳とも言われるゾウガメと、いまだに左と右が時々分からなくなる僕。お互い、まだ酸いも甘いも知らない年頃です。

 うちの園は、ゾウガメ舎の敷地になぜかインコもいて、お客さんはカメよりもインコの方によく集まります。すっかり忘れ去られたように見えるパゴ。でも、きっと彼は知っています。自分がカメであることを。カメにはカメの居場所があるのだということを。インコたちに隅へ追いやられているように見えて、一番気持ちのいい日なたをちゃんと見つけているのです。子どもに「なーんだカメか」と言われても、自分を持ち続けているパゴ。ゾウガメとしてちゃんとやっています。

 最近いろいろと迷うところのある僕は、パゴから人生を学びたいような気持ちです。かっこいい同い年がいるっていいものです。うさぎ年のコハクラでした。

飼育係の日誌3 ハシビロコウ

日付:7月12日(火)/天気:晴/気温:32℃/担当:コハクラ

 新人のアワノ君の教育係になりました。
 初日の今日は、僕たちが担当する鳥類ゾーンのあちこちを回ることに。モチヅキさんからは、「ここでの一日の仕事を説明するように」と言われましたが、仕事の話はほとんどしませんでした。
 アワノ君は、いつか猿ゾーンを担当してみたいと言っていました。子どもの頃から猿山を見るのが好きだったそうです。それでも彼は、鳥類ゾーンでの仕事を楽しみにしていました。健気で真面目なアワノ君。そんな彼を、僕はハシビロコウの柵へ案内しました。

   あの奇妙で偉大な鳥を、僕は「スーパースター」と呼んでいます。彼の奇妙さはあの不気味な姿。そして偉大さを知るには、少しの辛抱が必要です。スーパースターの前に立ったアワノ君は、しばらくそこから離れられないようでした。「全然動かないのに、どうしてこんなに見てしまうんでしょう」とアワノ君。若者よ、スーパースターの神髄はそこにあるのだ、と僕が心の中で「にやり」とした時、スターの羽がかすかに動きました。来る。そして、あの巨大なひとっ飛び。
 アワノ君が「あっ」と叫びました。はばたきから着地まで、すべてがぬかりなくカンペキ。やっぱり、彼は一流のスターです。それからもしばらく、アワノ君は黙ってスターを見つめていました。
 ここには猿山のようなにぎやかさも、華やかさもありません。けれどどんな動物にも、見つめていれば驚くような一瞬があるのです。
 明日から、アワノ君と僕らのここでの仕事が始まります。みなさん、どうぞよろしく。「先輩の」コハクラでした。

飼育係の日誌4 プレーリードッグ

日付:7月26日(火)/天気:曇後雨/気温:32℃/担当:コハクラ

 園のみなさん。
 この前たまたま気がついたのですが、うちのプレーリードッグ、最近ちょっとまん丸くなっていませんか?
 正面から見ると、ハリセンボンみたいになっています。
 動物園で働く彼らにとって、違う動物っぽく見えるっていうのはどうかなーと思ったので、一応ご報告しておきます。コハクラでした。

飼育係の日誌5 迷いカラスとフラミンゴ

日付:8月9日(火)/天気:晴後曇/気温:33℃/担当:コハクラ

 今日、フラミンゴの柵の中にカラスが迷い込んでしまいました。
 どうやら柵に張っている網がめくれて、その隙間から入ったようです。出られなくなったカラスを心配して、ちょっとした人だかりもできていました。カラスも、自分がなんとなく場違いだと気づいているのか、そわそわと飛び回っていました。
 その下でいつもと変わらぬ落ち着きを保っていたフラミンゴたち。珍客の乱入にも慌てず、毛繕いをしたり、片足立ちで水遊びに興じたりしていました。
 我関せず。あたくしたちはあたくしたち。フラミンゴは、僕にはちょっと苦手なタイプです。  天井の隅に出口を作ってやり、カラスは帰っていきました。安心したお客さんもだんだん柵の前を離れていきます。それでも動じないフラミンゴたち……。

 そして今日、僕の夢が決まりました。
 いつかあの柵の中に、爬虫類ゾーンのイカつい面々をたんまり送り込んでやるのです。あたくしたちはあたくしたち、なんて言っていられるのも今のうち。もしもちょっとでも慌てたら、その時はやつらとも少し、分かり合えるような気がするのです。コハクラでした。

飼育係の日誌6 ペンギン

日付:8月23日(火)/天気:曇後晴/気温:30℃/担当:コハクラ

 今日、ペンギンがプールゾーンへ引っ越していきました。
 今まで鳥類ゾーンのエースといわれていたペンギン。みなさんの中には、寂しくなるね、と声をかけてくれる方もいましたが、大丈夫です。僕はいま、とても晴れ晴れとした気持ちでいます。
 今まで誰にも言ってなかったのですが、僕はペンギンを鳥と思ったことは一度もありません。あのズウタイ。あんなに猫背な鳥はいません。
 ペンギンは鳥じゃない。
 やっと言えてすっきりしました。今日はぐっすり眠れそうです。コハクラでした。

飼育係の日誌7 眠るアシカ

日付:9月6日(火)/天気:曇/気温:29℃/担当:コハクラ

 今日は疲れた。
 こんなに走ったのは久しぶり。明日はきっと筋肉痛です。
 こういう日にかぎって僕は閉園後の見回り当番。今日は同じく捕獲隊だったクラハシさんと一緒でした。クラハシさんと僕は園の中でも年が近い方だし、帰る方向も同じだけど、ちゃんと話したことは不思議と少なかったような気がします。二人でヘトヘトになりながら見回りをしました。
 最後はプールゾーン。
 今日、ヘビクイワシのローリーを無事捕獲した場所です。ローリーの脱走で一日中てんやわんやだったアシカのプール。今はユキとタロウが気持ちよさそうに眠っていました。
 僕も今日はまっすぐうちへ帰って、とことんくつろぎたい。アシカたちを眺めながら、クラハシさんとなんとなく今日一日をねぎらい合って、6時のチャイムが鳴ったので事務所へ戻りました。
 今日みたいな日は一日がとても長く感じます。

 そういえばタロウのことですが、あの水に浮かんで寝る癖はどうにかならないんでしょうか。時々、生きてるのか死んでるのか分からなくて不安になります。コハクラでした。

飼育係の日誌8 ふれあいコーナー

日付:9月19日(月)/天気:曇/気温:29℃/担当:コハクラ

 今日は祝日。
 ミゾグチくんが休みなので、代わりにふれあいコーナーのアシスタントをしました。
 ふれあいコーナーといえば、子どもたちのたまり場。でも、僕は子どものことはよく分かりません。ちょっとナゾな生きものです。開園の準備をしながら、ミドリちゃんとそんな話をしていると、「子どもたちからすれば、のっぽで無口なコハクラさんの方がよっぽどナゾですよ」と言われました。どんなこともサラリと平気なミドリちゃんです。

 ふれあいコーナーは一日中大騒ぎでした。うさぎの首の皮をつまんでイカクされる子、ハツカネズミをリュックに入れて持ち帰ろうとする子、「やいコハクラ!」と言って飛びかかってくる子。
 しかし、さすがはミドリちゃん。得意の動物クイズで子どもたちの心をつかんでいました。
 ここはプロにまかせよう。すっかり暇になった僕は、隅にある黒板に絵を描くことにしました。
 まずはミーアキャット。ミドリちゃんにそっくりです。すると何人かの子どもたちが、ライオンも!パンダもアリクイも!と次々に集まってきました。
 アリクイはうちにはいないんだけどと思いながら、彼らがリクエストする動物を黒板いっぱいに描いて、その後はミドリちゃんの提案でなぜか似顔絵大会になり、僕が一人一人の顔を描いて、お土産にしました。

 子どもたちからすれば、今日の僕は「怖そうに見えて実は押されっぱなしのコハクラ」って感じだよなー、と後でミドリちゃんに言うと、「別に今日に限らず、コハクラさんってだいたいいつもそんな感じじゃないですか」と言われました。
 僕ってだいたいそんな感じだそうです。コハクラでした。

飼育係の日誌9 僕の仕事

日付:10月4日(火)/天気:晴/気温:19℃/担当:コハクラ

 園のみなさん。今日は質問があります。
 僕には小学生になる姪がいるのですが、この間の休日、姪に「おじさんのお仕事なーんだ」と尋ねると、こんな答えが返ってきました。
「もうじゅうつかい」
 僕らの仕事って、いったい何なんでしょう。
 どなたかいい答えが見つかったら、僕にもぜひ教えてください。コハクラでした。

飼育係の日誌10 アメリカバイソンのアンヌ

日付:10月18日(火)/天気:曇時々雨/気温:21℃/担当:コハクラ

 今日は昼過ぎから小雨。
 雨といえば、アメリカバイソンのアンヌです。
 おばあさんのアンヌは、雨や寒さに弱い。そういう日は、いつもより早めにお部屋へ帰っていただくことにしています。これは元々モチヅキさんの発案。老体にはやさしいモチヅキさんです。

 家畜ゾーンの前を通りかかると、アンヌがちょうど部屋へ帰っていくのが見えました。ゆっくりと歩いていくアンヌは、ばあやはお先に失礼しますよ、といった佇まい。奥ゆかしいばあやです。
 アンヌを見送りながら、僕はトキの柵に雨よけをかけ忘れていたことを思い出しました。
 でも、うちには後輩のアワノ君がいる。そしてやっぱり、彼は雨よけをかけてくれていました。
 彼は着実に優秀な飼育員へと成長しています。今度、モチヅキさんのアシスタントとして全国の定例会議に出るそうです。ちなみにその会議、僕はまだ出たことがありません。
 では、雨が止んだので帰ります。コハクラでした。

飼育係の日誌11 似ている生きもの

日付:10月18日(火)/天気:晴/気温:20℃/担当:コハクラ

 動物を見ていると、似た顔の知り合いを思い出すことがあります。
 フクロテナガザルは、僕の祖父。
 職人だった祖父は、にらませたら日本一のイカツイ目をした男でした。声が大きいところもそっくりです。
 ゴリラは晩酌している父。
 一升瓶を抱えたまま眠り、孤独をかみしめていました。
 ワオキツネザルは母。
 おいしいものとめずらしいものにすぐ飛びつきます。後ろ姿がちょっと勇ましい。
 僕は猿山にいます。
 ボス争いとは無縁な、岩のかげでひとり黙々と草をいじっているような猿です。僕も家で靴下のほころびを直している時とか、あんな感じなのかなーと思ったりします。
 気づけば猿一色のコハクラ家。自分と似ている生きものは見ていておもしろいものです。

 みなさんに似ている動物もいろいろ見つけたので、そのうちお知らせしたいと思います。コハクラでした。