撮影現場だより

第1回: 高速道路(トウコとナガノ)

 深夜、東京近郊の高速道路沿いにあるコンビニ前。
トウコ(小林聡美)とナガノ(加瀬亮)が出会うシーンの撮影。出会う、といっても一目で恋に落ちるとか脳裏でファンファーレが鳴るとかそういうものではなく、どちらかというと衝突したような、事故のような出会い。
ふらふらっと大型トラックに吸い込まれていくような喪服姿のトウコを、見事な回転レシーブの動きで助けるナガノのシーン。

 映画製作発表のときに加瀬亮が言っていた、「いままでと違う感じ」はいきなりやってきた。今作で4作目の共演となる小林聡美と加瀬は、これまでの「程よい親しさの、いい感じのふたり」からいきなり、衝撃的な出会いをするふたりに様変わりしていた。

 ナガノの車に乗り込むトウコ。不穏そうなナガノの視線も気にせず、ひょうひょうと自分のことを語り、ナガノの心の中に入っていく。そのナガノも、なんとなく生きてきた自分を揺り動かす存在を心待ちにしていたのかもしれない。

 空き時間の加瀬は、中村監督や周りのスタッフとよく話す。会話を交わすことによって彼のなかにあるものと彼の外にあるものがつながり、ナガノができあがっていくのだろう。一方、小林はひとりでぶらぶらしている。彼女はそうやって足で肌でトウコを感じ、身体の中に吸収していっているように見えた。

 トウコとナガノのエアー・バレーボールのシーン。
大人なのに、深夜なのに、思い切り身体を動かすふたり。
こういうときに本気で向かい合ってくれる相手がいるというのは、とてもいいことだ。それぞれ異なるアプローチで役作りに臨んでいるふたりの間に、役者同士の信頼関係ととれるような空気が漂っていた。何度も共演を重ねているふたりだからこその空気なのだろう。

 そしてそのまま、撮影隊は海へ向かっていった。

第2回: 映画館(トウコとキクチ)

 最終上映が終わったあとの映画館。かつて一緒に映画を作っていたトウコ(小林聡美)とキクチ(原田知世)が主演女優と脚本家としてではなく、ふたりの「人と人」として再会するシーン。

 撮影が行なわれた小さな映画館は、都心ではもう珍しい存在となってしまった名画座で、この日も上映が終わったのを見計らい撮影の準備が始められた。壁にはアキ・カウリスマキの『過去のない男』と『街のあかり』のポスターが貼られている。この付近で食事をしていたトウコは、気の向くままこの映画館に入り、ヘルシンキの空気を感じながら眠りについたらしい。劇場の扉を開け、観客たちを日常に送り出したキクチは、客席で寝ているトウコを見つけ、ここしばらくのあいだ彼女のまわりを渦巻いていた「あの頃への思い」を現実のものとして受け止めることになる。

 ふたりの女優は、堰を切ったようにセリフを発する。静かに、延々と思いの丈を述べるシーン。フィルムがまわっているあいだの映画館は静寂に包まれ、スクリーンの中と外の境界線がなくなってくる。小林聡美と原田知世は、これが初共演。それなのにふたりを包む空気が似ているようで、全く違和感がない。それほど親しかったわけではないけれど、長い間会っていなかった時間のことが、だんだんと共有できるような。キクチがトウコにコップに注がれた水を渡すシーンがある。「おいしい」と言って飲み干すトウコ。体の中に水が染み込んでいくように、空白の時間がうまっていく。息を止めながら見守るスタッフにもわかるくらい、ふたりの女優は呼応しあっていた。

 映画館には、もうひとり大切なお客さんが登場する。ふらりと映画館を訪れるおばあさん。何かが起きそうな、それを予見しているようなおばあさんの立ち姿からは、トウコとキクチに新しい未来がやってくることを感じさせる。

第3回: 動物園(トウコとヤスコ)

 6月のはじめというのに肌寒い1日。動物園のアルバイトの面接を受けに来たヤスコ(黒木華)に話しかけるトウコ(小林聡美)のシーンが撮影された。動物園だけあって、動物たちや鳥たちは自由に鳴き声をあげ、遠足で訪れているたくさんのこどもたちも同じくらい自由に走り回っている。

 今作が映画初出演となる黒木華と、このチームでたくさんの旅を経験してきた小林聡美。ふたりは撮影の合間にキリンやサル、ゾウガメのケージを覗きこんでいる。セットでもなく、スタジオでもないロケーションでの撮影はスタッフやキャストを少し解放的にするようで、和やかな雰囲気が漂っていた。美大受験に失敗し、動物園のアルバイトに応募してきたヤスコ。面接の感触がいまいちだったようで、ぶらぶらと動物たちの柵を覗き込んでいた。ツチブタの柵の前でヤスコに話しかけて来た女性。動物園だというのに驚くほどの軽装で、小さなバッグひとつしか持っていない。大人なのにあまりにも背負っていないトウコの風情に、ヤスコの凝り固まった自意識がするすると解けていった。

 動物園での撮影は、当たり前だけれど動物の鳴き声との戦い。女優たちの準備ができても、彼女たちを囲むギャラリーの準備ができていないこともしばしば。ここは動物園。郷に入れば郷に従え、ということわざのとおり動物園では動物たちのルールに従ったほうがうまくいく。動物が鳴くからと声のボリュームをあげるでもなく、ちょうどいいタイミングでセリフを発する。だんだんと、ヤスコの表情に笑顔が混じってくる。「今年東京に出てきたばかり」とクランクイン前に言っていた黒木は、こうやって異なる環境に順応してきたのだろう。

 大きな青い空や足元の土を踏む感覚は、明日への足取りをちょっと軽くしてくれた。