アルカディア号・船室
静まり返った艦内で、独りハーロックの言葉を噛み締める正。
自分の“みっともなさ”を正面切って認めるのはなかなかに勇気の要る作業だが、そこから目を逸らしていては一歩たりとも先へ進むことなど望めない。
得てして思春期の少年がこういった場合に陥りやすいのは、失敗→反省→自己嫌悪→自信喪失→失敗…というマイナスの無限ループなのだが、幸いな事に(と、この場合は言っても良いだろう)正に膝を抱えてメソメソしているヒマはなかった。
螢にとり憑いたヌー
普通“敵”施設に侵入した場合、警戒・監視網の無力化は優先順位が高い。発見されるまでの時間が長ければ、破壊(暗殺)すべき対象により近づく事ができるからだ。
しかし螢に憑依したヌーは、隔壁を封鎖されるまでモニターカメラすら潰そうとしなかった。自分を発見したマスさんや他の乗組員に対しても、斬りつけるだけに終わっている。これではまるで、自ら騒ぎを大きくしているようなものだ。破壊工作だけを目的としているならば、どうにも行動が“雑”なのである。
パク博士にとり憑いていたのは、4人の中で最も人類を見下した言動を取っていたヌーだ。その“性格”を考えると、あるいは“有紀螢がアルカディア号を破壊する”という事態が引き起こす乗組員たちの動揺を『ついで』に楽しむつもりだったのかもしれない。
悪夢の森
螢は悪夢の森で、死者たちと出会う。ここは“螢の”精神世界ではなかったか?
何故彼女の精神は、死者たちと会話する事ができたのだろう。肉体との結びつきが薄れ、より冥界に近づいてしまったという事だろうか。
4博士の精神は、5年前に肉体を失って以来、ずっとこうして彷徨ってきたのだという。そして彼らの悔恨と苦しみは、これからも未来永劫続くのだ…。
砂時計星雲・洞窟
回想のファタ・モルガーナ号が進むのは、巨大な鍾乳洞のような天空の回廊である。神々しい、禍々しい、どちらとも取れる異様な光景だ。調査隊一行が何も知らずに目指すのが“地獄”だとすれば、眼下に白く流れる雲海は、さしずめステュクス河のイメージだろうか。
このシーン、 脚本には“洞窟(グロッタ)”とわざわざルビが振られている。グロッタ(Grotta)というのはごく一般的なイタリア語だが、改めて本編を見ているうち、グロテスクという言葉の語源でもある事を思い出した。
石盤の警告
考古学者にとって、未知なる遺跡の発見は一生の一大事であろう。イエダールの門を前にした調査隊一行は、相当な高揚感を覚えていた事だろう。さらに、ドクターハッサンの調合した“抗精神薬”の効果(セロトニン・コントローラーである可能性は高い)を併せて考えると、隊員たちは“不安”の反対、つまり極端な楽観主義に陥っていたのではないかと思える。グロッタで台羽博士が発した警告に対するリアクションには、警戒心などかけらもない。禁断の地に足を踏み入れる前に、既に彼らの精神はバランスを失っていたのかもしれない。
運命の瞬間を迎える直前、台羽博士が手にした石盤の模様が赤く光る。状況から判断して、明らかに“ねじれた紐”の警告だろう。だが人類は、自らの手で目をつぶり、耳をふさいで禁忌に触れてしまったのだ。
イエダールの惨劇
怪光線で殺される事を免れた調査隊員たちも、結局は恐怖による疑心暗鬼と混乱の中で命を失っていったのだろう。台羽博士は、よくぞこの惨劇を逃げ延びたものである。
冷静に考えれば、ヌーは調査隊員を殺戮した後イエダールの門に触れさせ、封じられた他のヌーをより多く“憑依”させても良かったのである。それをしなかったのは何故だろうか。
確かに彼らに共同体意識があるとは思い難い。自分たちが100億年以上(ハッブル定数による“この宇宙”の推定年齢)ぶりに味わう“恐怖”に夢中になってしまったか、あるいは快楽を分かち合うのが惜しくなったか…。それとも、奴隷として使役する個体を確保しておきたかったのだろうか。
ここは…
悪夢の森を抜け出した螢は、目前に迫る砂時計星雲を見る。
『ここには老人と病人しかいなかった』というパク博士の台詞、そして背後に見える摩天楼のシルエットから考えれば、“ここがどこか”はすぐにわかる。砂時計星雲に“近づきつつある星”は、たった一つしかないのだ。
螢の精神は、いつの間にか亜空間の地球に“居た”のである。
9th VOYAGE、ヤッタラン先生の講義を覚えておいでだろうか。副長は、我々の精神がヌーのいる虚時空と直結している可能性を示唆していた。あの台詞は、このシーンへの伏線でもあったのである。
あなたは…
勘の良い方なら4th VOYAGEのDVD特典より前、サウンドトラックを聴いた時点で予感があったのではないだろうか。#10「Earth」という名の曲で、ピアノから主旋律を引き継ぐのはオカリナなのである。
今、螢本来の肉体と精神は非常にきわどい状態にある。彼女の精神にとって、『もう、戻れない』という絶望は、そのまま“本当の死”を意味するのだ。“約束の地”に忽然と現れた少女。そのオカリナの音色が、ギリギリの所で螢が力尽きるのを引き止めてくれた。
まさかキャプテンは、姉御を…
サブの言葉を聞いた正の脳裏に浮かんだのは、鉱山惑星での魔地とタケマツの姿だろう。そしてあの時の、ハーロックの言葉も共に思い出したのではないだろうか?
正は、似たような立場の魔地が取った行動を目の前で目撃している。あの悲劇は、強烈な残像として彼の心に焼き付いた事だろう。自ら招いた事態は、自らの手で決着をつけなければならない。それがどんなに辛い選択だろうとも…。
“キャプテンは鉱山惑星での魔地の役割を、自ら演じるつもりだ”正はそう思ったのではないか?だとしたら、そんな事をハーロックにさせる訳にはいかない。これからの自分が、『胸と意地張って、まっすぐ立つ』漢として生きていくためにも。
俺に行かせてくれ
こう言った時の正に、“行ってどうする”“何ができる”という明確なビジョンがあった訳ではないだろう。彼にあったのは、なんとかして螢を救いたいという衝動、ただそれだけだ。
螢を救う。それが叶わないなら、せめて自分の手で決着をつける…。湧き上がる衝動に動かされている点では、鉱山惑星から進歩がないようにも見える。だが、自分の怒りに身を任せるのと、誰かのために危険を顧みないのでは、本質的に大きな隔たりがある。
この行動は確かに『魂の赴くまま』のものであるが、充分誇るに値すると筆者は思う。
正の闘い
これまでのエピソードを見ていればわかるように、アルカディア号全乗組員中最も精神的に脆弱なキャラクターは、他ならぬ正だ。
だが、今の正は自分のために闘っているのではない。螢を案じるサブ・ヤス、マスさん、魔地、ミーメ、ヤッタラン、そして正を送り出したハーロック…。乗組員それぞれの想いを胸に、己に巣食う恐怖そのものと対峙しているのだ。
だからこそ彼は、『負ける訳にはいかない』。
大上段に構えた事を言えば、進化の過程で生き残ったのは、フロンティアを目指した動物たちである。楽園を捨て、危険を顧みず、苦難を乗り越えた開拓者こそが世界を制覇したのだ。
ヌーとの闘いは、即ち己の弱さとの闘いでもある。ヌーに、そして自分に打ち克った正は、開拓者たちの正統な末裔として、ようやくその名を連ねる権利を得たのだ。