第1回「序文・前編」(2005.05.10)
文/上江洲誠

 ほとんどの方が初めましてだと思いますが、ごく一部のヘビーネットユーザーならご存じかもしれませんね。――どうも、上江洲誠です。字が難しいですね。「うえずまこと」と読みます。今はアニメ業界の末席に加えていただき、脚本を生業とさせていただいております。どうぞよろしくお願いします。
 さてさて、今回からテレビアニメ『あまえないでよっ!!』についてのコラムを連載するように仰せつかったわけですが……オンエアはまだ先。7月ですよ!
 今、4月。まだまだ視聴者様方が春の新番組に胸を躍らせている頃ではないですか!? 見てる見てる俺も見てる。アクエリオンかっこいいよね。バジリスク興奮するよね……(※編注:以下、延々に他作品の話が続くので削除)……おねがいマイメロディ萌えるよな。ハァハァ……アニメ最高!! アニメ上等!! SANチェック失敗。♪いやいやいや〜ん。
 ……しかして!
このコラムの目的は……『あまえないでよっ!!』オンエアまでの3ヶ月、どうにか皆さんの興味を繋ぎ止め続けることにあるのだ、と解釈しております。そうなんですよねバップさん!? 成功した暁には『冬のソナタ』のDVDボックスください(そして、そろそろ小生に番宣コラムを依頼したことを後悔しているのではないでしょうか? でも止まらない)。
 ――閑話休題。
 今、何故「尼」なのか!?
 萌え産業がそこまで細分化されてしまったというか、特化し過ぎて前人未踏の境地にたどり着いてしまったというか、はたまた逆に、思いもよらぬ物に「萌えて」みせようというチャレンジ精神の表れなのか!?
 大丈夫。擬人化OSや、アスキーアートに萌えられる僕たち、そして君たち。超大丈夫! 厚く重い僧衣の下に隠された禁断の若葉に思いを巡らせるだけで、胸が躍るじゃないか。
「見せない!」――思いもよらなかったニュースタイルの提示。
 かつての英傑たちは、辞書に印刷された「文字だけ」でトリップ出来たと言います。元来、人間の想像力とはそういう底なしに果てしなく、尊い物であります。
 研ぎ澄ましてこその神経。大味なお色気メディアからの卒業。支配からの卒業。世界に誇る我々アニメオタクの東洋人としての精神性、神秘性を振り返る瞬間なのです。
 ……そんな願いを込めて我々は「尼」というモチーフを選びました。
 人は罰当たりと言うでしょう。しかし、そういう、綱渡りな危うさを伴う「禁断の面白さ」が、ここにはあるのです。
 
 ……という高尚なテーマを胸に、小生は(勝手に)文学性の高いシナリオに挑んだのですが……。
 完成したフィルムは高尚さとは縁遠い、お色気エンタティメントに仕上がっていました。
 年端のいかぬ尼僧たちが繰り広げる、男子禁制の情事。ここは桃源郷か!?――これはこれで罰当たり。ロックです。
 ブルーフィルムの時代から生きている元永慶太郎監督のねっとりとした熟年ワークにシャッポを脱いだのありました。
 手の平を返して……お色気万歳、見え過ぎちゃって困るの〜WOW!……人間って単純です。
 パンティラインを意識せざるを得ない、全く新しい僧衣シワと透けの表現を前に、エロ・エンタティメントに対して斜に構えていた自分を恥じ、子供であったことを痛感せざるを得ないのでありました……。【――以下、次回】
 
PS:ああ、ところで。何故、小生のようなチンピラがここにコラムを書かせていただいているのかというと、小生シリーズ構成の人なんですよ。これが。
<プロフィール>
フリーランスアニメ脚本家。若い衆だが会話内容は40代。歌舞伎町で職務質問される毎日。代表作は「ゆめりあ」。